AZITO V.I.P

芹澤 きこ

芹澤 きこ

(23)

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愛らしさと気品の融合。至福のひとときを

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🦋朝の距離🦋

01/29 19:19

🦋朝の距離🦋

朝の電車は、いつも同じ匂いがする。

整髪料とコーヒーと、少し湿った空気。

ドアが閉まる音と同時に、車内は一段階、密度を増した。

 

次の駅で、さらに人が押し込まれる。

肩が触れ、背中が当たり、立つ場所の輪郭が消えていく。

 

そのとき、目の前に彼女が来た。

 

ぴったりしたニットのワンピース。

色は落ち着いているのに、生地が身体の動きを正直に伝えてしまう。

つり革に手を伸ばした瞬間、
こちらとの距離が一気に縮んだ。

 

――近い。

 

意識した瞬間、もう遅かった。

電車が揺れて、体勢を保つために、
自然と向かい合う形になる。

 

俺のほうが背が高い。

視線をどこに置くべきか、瞬時に考える。

彼女の顔を見るのは失礼だ。

下を見るのは、もっとまずい。

 

だから、ドアの上の路線図を見る。

いつもなら気にも留めない文字を、やけに真剣に追ってしまう。

 

揺れのたびに、距離が数センチ変わる。

胸が当たらないように、無意識に腰を引く。

でもそれ以上引けば、後ろの誰かにぶつかる。

 

どうしようもない。

 

彼女はスマホを見ている。

表情は落ち着いていて、この状況に慣れているようにも見えた。

 

それが、少しだけ救いだった。

 

それでも、視界の端で、ニットの生地が呼吸に合わせて動くのがわかる。

見てはいけない。
そう思うほど、意識はそこに引き寄せられる。

 

罪悪感というより、

「自分の身体感覚が正直すぎる」ことへの戸惑い。

 

電車が急に揺れて、

彼女の身体が一瞬、前に傾いた。

反射的に、こちらも力を入れる。

 

何かが触れたわけじゃない。

でも、空気が一段階、変わった。

 

彼女が一瞬だけ顔を上げる。

目は合わない。

合わないけれど、

お互いに「今の揺れ」を共有した気配だけが残る。

 

次の駅のアナウンス。

彼女は降りるらしい。

 

ドアが開くと、

人の流れに押されて、距離が離れていく。

その背中を、見送るつもりはなかった。

でも、自然と目で追ってしまった。

 

ドアが閉まる。

車内の密度が、少しだけ下がる。

 

胸の奥に残ったのは、

何かをした後の感覚じゃない。
ただ、朝の一瞬、どうにもならない距離に立ってしまったという事実。

 

それだけなのに、

妙に長く、記憶に残りそうだった。

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